アスモ新聞

アスモ・たんぽぽ新聞第203号を発行いたしました

アスモ・たんぽぽ新聞最新号は、以下のリンクからダウンロードできます。

アスモ・たんぽぽ新聞第203号 トピック

「真の名監督」

毎年恒例の夏の全国高等学校野球選手権大会(第104回)が8月6日に開幕し、阪神甲子園球場で熱戦がくり広げられています。新型コロナウィルスの影響で一昨年は大会中止になるなど、高校球児にとって大きな傷痕を残してしまいました。そしてその影響は指導者の心にも大きな変化をもたらしたようです。

今大会茨城代表の明秀日立の金沢成奉(かなざわ・せいほう)監督は、かつて現読売巨人軍の坂本勇人選手を輩出した八戸学院光星で指揮をとっていた名監督です。この甲子園常連の名監督にもたらしたこころの変化とは何だったのでしょうか?
金沢監督は、「これまで甲子園しか目標においておらず、勝利至上主義の代表みたいな監督だった。僕みたいな指導者は、甲子園に連れていってナンボだと思ってやってきた」と述懐しています。事実、それだけの結果を残してきました。

当時まったく無名だった青森の八戸学院光星をゼロから鍛え上げ、春夏計8回の甲子園出場を果たし、全国屈指の強豪校へと押し上げましたた。2012年明秀日立に移り、18年春のセンバツに出場。細川成也選手(現DeNA)や増田陸選手(現巨人)を育てたことでも知られています。
八戸学院光星の時と同様、明秀日立でも選手を徹底的に鍛えるスタイルで強くしましたが、2年前に転機が訪れます。新型コロナウイルスの蔓延で、金沢監督は、夏の甲子園の中止が決まった時の選手たちの姿を忘れられないといいます。今まであったものがなくなった時、人間ってこうなるんだなと……。それに対してどう対応していいかわからない。子どもたちがここまで落ち込むのかという姿を見て、指導者としての無力感を感じたとのことです。野球をやることの意味を指導者が見失っていた。そんな指導者に教わっているから、子どもたちは喪失感を持ってしまった。それにハッと気づかされたといいます。

金沢監督は活動中止期間が明けると、自ら変化することを決断。毎日の練習では、グラウンドに一番乗りし、水まきや整備をするようにしたのです。甲子園はなくなったけど、明日に向かってやりきる姿勢を監督が見せることを決意した瞬間でした。すると野球を教えられる喜びがひしひしと溢れてきたことを実感したようです。

 代替大会となる茨城県の独自大会に向けては選手全員で同じ練習をするようにしたそうです。それまでは補欠だって補欠の役割があると。社会に出たって、車を売る人もいれば、造る人もいる。分業制なんだからと、あえて補欠を補欠にしていた。そうじゃないんだという気づきを30年かかって得たといいます。全員でノックをすればエラーを連発する選手も出てくる。時間もかかる。それでもやり続けた。すると、意外なことが起こったのです。チームに一体感が出て、『オレはいいや。オレは関係ない。』という子がいなくなった。代替大会では34人いた3年生を全員出そうと必死になった。最後に一番バットを振ってる選手に打席が回るようにしたそうです。ところが、このままなら回ってこないという状況になったとき、キャプテンを中心に子どもらが『回せ、粘れ』と声を出している。あの光景を見た時に、こういう経験を能動的に積ませるのが高校野球の指導者として絶対に必要だなと考えさせられるのでした。

金沢監督自ら、「僕が甲子園にとりつかれていたんです。(選手を)萎縮させて、それゆえに勝てなかった。いつのまにか選手の舞台を、監督である自分が奪ってしまっていた」と…… 。

弊社にとって事業を成長させていくことはもちろん大切なことであると思っていますが、それはスタッフによってもたらされることが一番重要だと常々口にしています。以前ご紹介した「自発自奮」の行動こそが今一番求められている生き方に他ならないからです。

 

SDGs(持続可能な開発目標)活動報告

一昨年よりスタートしましたSDGs(持続可能な開発目標)活動は、弊社の一ヶ月間のサービス量に応じて寄付活動や社会活動の原資に充てる予定になっております。
7月の活動実績=15,600Pとなり、一昨年より開始いたしました累計数は、546,245Pとなりましたのでご報告させていただきます。また、具体的な活動内容の詳細につきましては、引続きアスモ新聞にてお伝えさせていただきます。

アスモ・たんぽぽ新聞 過去分はこちらから

TOP